2012年11月4日日曜日

『草原』とは

         ・・・馬場古戸暢

 随句(自由律俳句)結社『草原』は、北田傀子(きただかいじ)によって平成14年に設立されました。以来毎月、月刊随句誌『草原』を発行し続けています。

 北田傀子は、種田山頭火や尾崎放哉を輩出した自由律俳句の結社『層雲』に所属していました。しかし、レトリックを多用した句が年々増えてきたことに疑問を感じ、平成13年に『層雲』を飛び出します。そして以下に示す主張のもと、上述したように『草原』を発足させ、現在へ至るのです。

 北田傀子は、自由律俳句という名称では、定型俳句の異端的存在であることから逃れられないと考え、自由律俳句を「随句」と呼ぶことを提唱しています。そこには、詠み手が自身を「随」に置き、感性が感得したものを記録すれば、それがすなわち随句になるという北田傀子の自由律俳句観が込められています。 

 句の名称に始まる北田傀子の主張は、『随句の基調』としてまとめられています。それは、およそ以下の五点に集約されます。

1.随句は、感性のひらめきを原点とする。ひらめきは、瞬時に生じるものである。そのため随句は、最短の詩型をとる。
2.随句は、感性の所産である。理屈や感想、意見を述べるものではない。そのため随句は、文章の形ではなく、韻文の形をとる。
3.随句は、実体である。五感が実際に感じた実感によって詠まれる。そのため随句は、実体のない観念的あるいは抽象的な句とは異なる。
4.随句は、大和言葉で詠まれる。大和言葉がもつ特性によって、韻性が生じてくる。
5.随句は、三節で詠まれる。二節で詠むと「何がどうした」の文章で終わるが、三節で詠めば三つの節が共鳴・循環・反響し、そこに書かれた内容を超える感動を生み出す。

 1と2より、随句は「最短の韻文」の形をとるといえます。ここでいう最短とは、文字数のことではなく、5にあるような句を成す節数が三であることをいいます。3にある実体は、随句が寄物陳思や客観写生の感覚を受け継いでいることを示します。4にある韻性は、数韻、音韻、意韻の三つから成ります。数韻は各節の音数による韻を、音韻は大和言葉の性質による韻を、意韻は各節の意味合いの共鳴による韻を、それぞれ指します。

 これらの詳細については、本ブログで今後言及していくこととなると思います。

 『草原』には、北田傀子の主張に賛同した人々が集い、作品を発表し続けています。文学としての随句を後世に残すこと、これが私たちの目標となっています。

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